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私の反支那思想は「自虐」ではない

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私の反支那思想は「自虐」ではない

一人の左翼は私に「貴方は日本右翼に洗脳された」と言った。この評価に対して、私は異議がある。彼に言いたい事は「私は右翼に洗脳されたのではなく、私が『右翼』を洗脳している」(笑)。もちろん、日本に来てから、以前よりもっと情報を手に入れることが可能となった。しかし、私の思想に大きな影響を与えたのは、日本人或はほかの外国人ではなく、私の母だ。

父と違い、母は学校で良い教育を受けていなかった。中学校を卒業してまもなく、母は当時の大多数の都市部の若者と同じ、「上山下郷」運動によって、辺鄙な田舎に送られた。もっとも教育を受けるべき年齢に勉強できず、15歳の若さで田植え、用水路掘りなど、男と同じ程度の仕事を行った。3年程田舎で苦労し、母はようやく都市に戻って、国営工場の従業員として働き始めた。

正常な国ならば、誰でも18歳の女の子は、おしゃれをしたい気持ちがある。しかし、毛沢東時代のシナではこれは絶対に許されない事。母のおじさんが上海に出張した時、国営外貿商店でチェック柄のシャツを買って彼女に送った。シャツを貰った翌日、母はそのシャツを着て出勤した。しかし、その日の午後、母が家に帰ろうとすると、突然工場の共青団支部書記が、母に声をかけた。「君、共青団支部のオフィスに来なさい」。母は慌てて、共青団支部書記と一緒にオフィスに行った。「それは資本主義生活のスタイルだよ。知っているのか?」共青団支部書記は母の新しいチェックのシャツを指しながら言った。母は何も答えず、沈黙していた。そして、書記は「二度とこのような服を着て、工場に来るな。君は初めてだから、明日はきちんと反省文を出して自分の過ちを認めれば、また毛主席の好青年である。今日はここまで」と言った。その日の夜、母はうちに帰るとすぐ、服を着替えて、チェックのシャツをタンスの中に入れた。翌日、書記が要求した通りに、自分の「資本主義生活スタイル」の過ちを認めた反省文を提出した。その日から、うちの母の青春時代は青色、灰色の制服と、白いシャツしか着なかった。

シナ共産党の教育を受けた知識人の父と違い、母の物事への判断は、シナメディアの宣伝、学校の教育に従わず、独自な見解を持ったものだった。私が、大学を卒業した後、外国に行きたいと両親に伝えたが、父親は猛反対した。父は「なぜお前はいつも外国に行くことを考えているのか?外国のどこかいいのか?一人では危ない」と言った。シナメディアでは、いつも自国は良い、外国は悪いように報じているため、当時、シナ人は外国のことを色眼鏡で見ている人も多かった。父もその中の一人で、そのような考え方を持つのは可笑しな事ではなかった。ところが、母は私の意見に賛成していた。母は「外国は悪い?私はそう思わない。外国が本当にシナより悪いならば、なぜシナ人は皆外国に脱出したいのか。なぜ外国に行ったら、シナに戻って来る人がとても少ないのか?メディアの宣伝を信じることはできない」と話した。

様々な原因でその時、私は外国へ留学に行けなかったが、母からの励ましの言葉を受けて、英語、日本語などの外国語の勉強を諦めなかった。今自由自在に日本で生活することができるのは母のお陰だといえる。母は文化大革命のために良好な学校教育を受けていないが、比較的頭が良く、才能を持っている女性であると思う。仕事、人柄、処世術など、うちの親族、家の周りの人々は、殆ど母に敬服している。母の教育により、私は無事に三十年近くシナで生活することができた。母の名言は「シナのメディアは信用できない。誰も信じるな、自分の考えを信じろ。友達でも、秘密は秘密、相手に教えるな。他人からの貴重な贈り物は断る。いくら他人が嫌いでも、顔に表すな。」

あるブログのブログ主は、自分のブログでシナ批判を行っているシナ人は、戦後日本人の「自虐」と同じというような意味のブログ文章を発表した。この方の単純な思考に本当に私は呆れた。一部の日本人が言う「自虐」の最大の原因は戦後日教組が行った「日本悪い」の戦前批判教育。しかしシナでは「シナ悪い」という教育がない。メディア、教科書では殆ど「シナは世界一優秀な民族である」という教育。しかし現実なシナ社会、シナ人は、メディアの宣伝とはまるで正反対。数えきれないほどシナ人に騙されても、貴方はまだシナ人を信用することができるのか?自分の目で見たもの、自分或は家族の実体験、大量な写真、歴史真実を載せて、日本人へシナに対する注意を喚起することは「自虐」なのか?

私は、今の自分に自信を持ち、誇りを持っている。私の思想は母からの影響である。そして、シナ人の醜悪は事実であり、私は他のシナ人と同じように嘘を付きたくない。ある親シナの日本人は、目と耳をふさいで、その事実を認識する事を拒否しているだけ。




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テーマ : 私の見解
ジャンル : 政治・経済

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シナ人と日本のカルト宗教二 

          寂しいシナ人の集まり

 あれから一週間、Sから電話がかかってきた。また集会に参加してくださいと私に誘った。行く気はなかったものの、拒否する言葉はなかなか言えなかった。結局、私は彼女に負けてしまった。再び土曜日の中国語集会に行くことを彼女と約束した。

 そして、土曜日の午後三時頃、私は一人で集会の場所に行った。予定時間より15分程早く到着したので、教会の建物の外観から内装までゆっくり見学する時間があった。やっぱり何処にも十字架のような物はなかった。一人で不思議だなあと考えているうちにSの姿が現れた。
 「何をしているのですか」と彼女は私に聞いた。
 「一人で見学していました。一つ、聞いていいですか?教会の十字架はどこにあるのですか」
 「うちの教会は十字架がありません。そもそもイエスは十字架につけられたのではなく、一本の杭の上で処刑されたのです。聖書をよく読めばその事実がわかります。」彼女はそのように言った
 「あ、そうですか?」
 そんな話を私は初めて聞いたけど、なんだか今まで知っていた基督教と違うような感じがした。

 彼女と話をしている間に、集会所の前に一人の日本人女性が、六人程のシナ人を連れてきた。シナ人達は五十、六十代位のおばさんやおじさんばかりでシンプルな服装を着ており、無表情であり、どうやって見てもここの会場と相応しくない存在だった。

 集会が開始する前に、私は機会を見つけて、彼らと会話した。そのシナ人達は、いずれもこの教会の近くの団地で住んでおり、教会の人に誘われてきたそうだ。彼らの子供達は日本でソフトウェア技術者(SE)の仕事をしており、子供の生活を支えるために来日したという。ここ数年間、日本のIT会社は大量のシナ人SEを雇ったことを私は前から知っていたが、自分の親まで日本に呼び寄せるのはちょっと意外だと思う。日本の入国ビザは、いつからそんな簡単に取れるようになったのだろうか?それらのソフトウェア技術者は皆二十、三十歳以上の成人なのに、自分の日常生活の面倒まで親に見させるのは恥ずかしくないのか?さらにこの集会に参加した原因を尋ねると、殆どの人は「寂しくて、話し合う友達が欲しいから」と述べた。私の両親はシナに住んでおり、私は一度も彼らを日本に呼び寄せるつもりはなかった。長年住み慣れた土地を離れさせて、文化や生活習慣がずいぶん違い、言葉も通じない外国に住ませるのは一体どんな親孝行だろう?親不孝ではないか!

 そのように思っていた間に、集会が始まった。今回のテーマはなぜ輸血を受けるのがだめかという話だ。しかしこれに対して私はまったく理解できなかった。長い40分間が経過して、集会はやっと終わった。私は少しでも早くその会場から抜け出したい気持ちになった。しかし、会館から出ようとしたところ、あるシナ人のおばさんが「まだ今度も来てくださいね。あなたと話をするのはとても面白かったです。」と言ってくれた。

 家に帰ってからその夜、昼間の事を色々考えてなかなか眠れなかったので、パソコンの電源をつけて、インターネットで検索したら、その宗教団体の正体が明らかになった。なんと一部の国家でカルト宗教として認定されたものだった。なぜこれらの日本のカルト宗教は皆外国人を伝教する対象にするのかも分かった。それは、我々の寂しい心を利用するためだからだ。シナ人は元々、強制洗脳に対して抵抗感を感じにくい人種だろう。


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シナ人と日本のカルト宗教二 

         日本人が主催した中国語の宗教集会

  私は彼女と一緒にその建物の中に入り、集会の場所に行った。集会の場所は2階にあり、小型劇場のようなイメージで、私達が到着した時点ですでに50人くらいの男女が集まっていた。初めて日本の宗教団体の集会に参加するので、少し緊張や不安を感じていた。すると彼女は私のことをその場の人々に紹介した。殆どの人はとても親切で、笑顔で私と中国語で挨拶した。その中には何人かのシナ人と一人の台湾人がいた。ほかには十二、三才くらいの日本人の少年少女の姿もあった。

 集会を開始する5分程前に、私は集会所の事務所から一部のシナ語の聖書と新しい「守望台」雑誌を貰った。集会の司会者の一人は灰色の背広を着ている二十代位の若い日本人男性、彼の中国語の発音はとても良い、ネイティブのレベルだ。一緒に来てくれたSに聞くと、その男性はかつて日本の大学で中国語を専門に学び、現在中国語教室を経営しているそうだ。

 集会は中国語の問答方式で行われた。司会者は聖書や「守望台」の雑誌を巡っていくつの問題を出し、参会者は聖書や雑誌の中の解答を捜してから手を挙げて答える。例えば、司会者が「その時、イエスは何を言いましたか」という問題を出すと、参会者は手をあげて、その場で立つ、聖書の何ページからイエスが言った内容を中国語にて大声で読み出す。

 これ程の日本人が集まり、私の母国語を使い、例え発音が少し変だとしても、ためらわずに一生懸命に頑張っている姿を見たら、全く感動はないとは言えない、しかしながら、私はなんとなく違和感を感じてしまった。特に十二、三才の子供は、本来遊ぶべき時間で大人のスーツを着ており、不得意な外国語を使い、まったく面白く無さそうな経文を読むのは一体どんな気持ちだろう。強制洗脳だと言っても過言ではないだろう。そのような場面を見たとたんに思わず昔シナの少先隊(共産主義児童団)や共青団(共産主義青年団)や国営会社の政治学習会等、色々思い出した。そうか、私も同じようなことをしたのではないか。

 集会は40分程の時間が経ってからようやく終わった。終会の挨拶をした後、私は参会者の一人の老人に「皆さんはどこで中国語を勉強されましたか」と聞いたら、「独学の人もいるし、学校で学んだ人もいるし、さらに中国語家庭教師を雇っている人もいます。」その答えを聞くと、ああ、そうか、伝教のために外国語を勉強するのは偉い、宗教の力は凄いと感じた。

 集会の人々と話しながら、もう午後六時になった。そのまま電車に乗って家に帰ろうと思っていたが、Sさんが送ってくれると言ったため、十分程彼女を待っていた。王国会館から出た時、ほとんどの人は「今度の集会も必ず来てください」と話してくれた。
(次回へ続く)
 
 

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シナ人と日本のカルト宗教二  

                  謎だらけの宗教団体

 ある休みの日、家でのんびり休んでいた所、家のまえに、突然の訪問客がやって来た。来た人は二十代位の若い女性二人、上品なスーツを着ており、素敵な笑顔で挨拶をしてくれた。

  一人の女性は、なんとシナ語で私に尋ねた。
  「中国の方ですか?」
  日本人女性の口から清楚な中国語を聞いたので、意外だと思ったが、
  相手は礼儀も正しいし、笑顔も素敵だし、思わず好感を抱いた
  「はい、そうです。」
  「はじめまして、Sと申します。うちの王国会館で、来週の土曜日に中国語集会を行う予定です。お時間が空いたら、ぜひお越しください。」
 女性は言いながら大きな黒い鞄の中から、一冊の雑誌のような小冊子を持ち出し、私に渡した。

 見ると雑誌の表紙に「守望台」という大きめの中国語文字を印刷してあった。さらに下の部分には「怎样做一名合格的基督徒(日本語訳は、どのように合格なキリスト教徒になるか)」等のやや小さめの中国語文字があった。
 「これは私達の出版物、全部中国語で書いています。よろしければぜひお読みください。」
 「すみません、キリスト教の方ですか?」
 「はい、キリスト教です。」

 かつて私はシナで暮らしていた時、アメリカから来た宣教師の紹介を通して、シナの基督教の地下教会が行った、集会や活動などに参加したことがあり、本当のクリスチャンではないけど、基督教に対して少し興味を持っていた。
 「その集会の場所は何処ですか?どうやって行きますか?」
 「もしご都合がよければ、土曜日の午後一時に私がご自宅に車で迎えにまいります。」
Sという女性はとても親切で優しい方だった。
   
 「そうですか?有難うございます、それでは、一度行かせて頂きます。」彼女の親切さや優しさに好意を感じただけではなくその頃、私は日本基督教の集会活動に好奇心を持っていた。
 「ありがとうございます。土曜日の午後一時にご自宅でお待ちください。必ず迎えにまいります」

 彼女は私の話を聞くと、嬉しそうな表情に変わった。さらに私の電話番号やメールアドレスなどもその場で聞かれた。その後、彼女達は帰って行った。

 そして、その週の土曜日の一時頃、彼女は時間通りに家に迎えに来た。彼女の車に乗っておよそ45分頃、一つの建物の前に止まった。西洋風の建築だが、私が今まで見た教会と違う雰囲気、十字架一つすらもなかった。
(次回へ続く)

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プロフィール

支那豚の楽園

Author:支那豚の楽園
洗脳されてなかった一匹の支那豚、かつて支那共産主義青年団に加入した経歴があるけれど、今は立派な反共戦士。私の主張は支那人およびアジア人は日本人から頂いた様々な恩恵に感謝しなければならない。
真実はここへ

当ブログは、世界中の政党、政治団体、宗教団体、国家機関等とはまったく関係がない、ご了承ください

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